アラジール症候群(Alagille syndrome)
今回のPoint
● 日本の患者数:200~300人程度と推定(令和4年度末現在特定医療費(指定難病)受給者証所持者数44人)
● 性別:男女とも
● 主な症状:肝内胆管減少症による胆汁うっ滞、角膜ジストロフィー、成長障害、肝腫大、心室中隔欠損症など
● 原因遺伝子: JAG1、NOTCH2
● 治療:脂溶性ビタミンや中鎖脂肪酸(MCT)補充などの栄養療法、肝移植など
――― 疾患の特徴
アラジール症候群は、生まれつき肝臓や心臓などさまざまな臓器に症状がある遺伝性疾患です。主に症状が現れるのは「肝臓」「心臓や血管」「目」「椎骨」「顔立ち」の5つですが、必ずしも5つ全てに症状が現れるというわけではありません。症状の種類や重症度は人によって異なり、同じ家族内でも気付かないほど軽いものから、移植が必要となる重篤な心臓病や肝臓病までさまざまです。経過に関しても同様です。5つ全てに異常が見られる場合は「完全型アラジール症候群」、肝臓を含めた3つの症状が見られる場合は「不完全型アラジール症候群」となります。また、アラジール症候群として報告されている中には、症状が条件に当てはまらなくても、アラジール症候群特有の遺伝子に変化が見られた場合も含まれています。
この疾患は、通常、乳児期または小児期の早期に見つかります。肝内胆管減少症による胆汁うっ滞が原因で起こる黄疸により、乳児期に見つかるケースが多いとされています。心雑音など心臓の異常により見つかることもあります。まれに、腎臓病や、もやもや病など血管の病気で気付かれるケースもあります。胆汁うっ滞により、皮膚のかゆみや、黄色腫、ビタミン吸収の障害による出血・骨折なども引き起こされる場合があります。特徴的な顔立ちは、幼児期に入ってから目立ってきます。発達の遅れや成長障害、性腺機能不全、消化管の異常が見られる場合もあります。
日本にアラジール症候群の患者さんは200~300人いると推定されています。男女で発症のしやすさに違いはなく、特定の地域でこの疾患が多いということもありません。世界的には3~7万人に1人がアラジール症候群を発症すると推定されています。ただし、症状が軽いなどの理由により診断されていない人もたくさんいると考えられており、実際にはもっと多い可能性があります。
アラジール症候群は、国の指定難病対象疾患(指定難病297)、および、小児慢性特定疾病の対象疾患です。
――― 原因遺伝子
アラジール症候群の原因遺伝子として、「JAG1」「NOTCH2」が見つかっています。
JAG1遺伝子は、20番染色体の20p12.2に存在しており、「Jagged-1」というタンパク質の設計図となる遺伝子です。NOTCH2遺伝子は、1番染色体の1p12に存在しており、Notch2受容体というタンパク質の設計図となる遺伝子です。
いずれも細胞膜タンパク質であるJagged-1とNotch2受容体がお互いにくっつくと、細胞の機能に関連する一連のシグナル伝達反応(Notchシグナル伝達)が起こります。Notchシグナル伝達は、胎生期の発生過程に影響するものです。アラジール症候群の発症につながる、JAG1遺伝子やNOTCH2遺伝子の変異は、Notchシグナル伝達経路が正常に機能しなくなる変異で、その結果、特に胆管、心臓、脊柱、顔立ちに影響が現れている可能性があると考えられています。しかし、詳細はまだ解明されていません。
JAG1遺伝子に変異がある場合は「アラジール症候群1型」、NOTCH2遺伝子の場合は「アラジール症候群2型」と、区別されています。しかし、アラジール症候群の特徴を満たす人全員にどちらかの変異が必ず見つかるというわけではありません。また、これらの遺伝子に変異があっても、軽症で不自由なく生活している人もいます。
アラジール症候群1型と2型は、基本的に常染色体優性(顕性)遺伝形式で遺伝するとされていますが、変異があっても軽症や無症状の人もいます。そのため、遺伝子を受け継げば必ず発症するものではなく、無症状の保因者となることもあります。
米国国立医学図書館が運営する医療情報サイト「MedlinePlus」によると、アラジール症状群の約30~50%は、両親のどちらかがアラジール症候群で、その遺伝子変異を受け継いだことにより発症しています。この他に、血のつながった家系内にアラジール症候群の病歴がなく、両親ともにアラジール症候群ではない場合でも、生まれてくる過程で原因遺伝子に変異が起きて、アラジール症候群になるケースがあります。
――― 診断方法
アラジール症候群には、診断基準があります。
具体的には、「胆汁うっ滞」「心血管系の異常(末梢性肺動脈狭窄が最も特徴的所見)」「骨格の異常(蝶形椎体が特徴的所見)」「眼球の異常(後部胎生環が特徴的所見)」「特徴的な顔立ち」の5つの症状・所見のうちの3つ以上が当てはまり、肝臓の病理検査で小葉間胆管の減少が認められた場合に、アラジール症候群の典型例と診断されます。
上記5つの症状・所見のうちの1つに当てはまる、または腎臓、脳血管、膵臓などにアラジール症候群に特徴的な症状がみられる場合で、血縁者にアラジール症候群と診断された人がおり、常染色体優性(顕性)遺伝形式に矛盾しない遺伝の仕方をしている、または遺伝子を検査してJAG1遺伝子もしくはNOTCH2遺伝子に変異があるとわかった場合、アラジール症候群の非典型例、変異アリルを有するが症状の乏しい不完全浸透例と診断されます。
――― 治療法
今のところ、アラジール症候群の根本的な治療法は見つかっていません。
胆汁うっ滞がある場合、脂溶性ビタミンを長期的に内服します。胆汁の流れを促す利胆剤や、胆汁うっ滞によるかゆみを軽減する薬も内服します。赤ちゃんの場合、胆汁がないと脂質の吸収が悪く成長障害につながるため、中鎖脂肪酸(MCT)の豊富なミルクを使用することもあります。かゆみに対しては、陰イオン交換樹脂や脂質降下薬を内服する場合もあります。
胆汁うっ滞が続いて肝硬変になってしまった場合は、肝移植が行われることがあります。また、著しいかゆみ、成長障害、骨折を繰り返すなど、QOLの著しい低下がみられた場合にも、肝移植が行われることがあります。胆汁のスムーズな流れを促すために、部分胆汁瘻という外科手術も試みられており、良好な成績が報告されてきています。
心臓病の経過も人によりさまざまですが、重症の場合、本人の状態により適切なタイミングでカテーテル治療や外科手術が行われます。重症の腎臓病に対しては、透析や腎移植などが必要になる可能性があります。重症な場合でも、肝移植や心臓の手術で命を落とさないことが可能になってきています。
日常生活において、乳児期には、体重の増加がきちんとみられるか、発達が順調かどうかを確認することが重要です。病態に合わせて、食事内容や水分・塩分に気をつけます。心臓病がある場合には、運動が制限される場合もあります。成人後は、肝臓に負担がかかるアルコールの過度な摂取は控えることが望ましいとされています。また、動脈硬化の原因となる喫煙も避けたほうが良いとされています。
参考サイト
難病情報センター
小児慢性特定疾病情報センター アラジール(Alagille)症候群
MedlinePlus
Genetic and Rare Diseases Info