2024.10.03更新

体外衝撃波治療はrTMSと同様にPI3K-Akt経路を活性化させる
 これまでの連載で、うつ病や発達障害などの近年増加している精神疾患には炎症が関与していること、酸化ストレス除去に中心的な役割を果たすNrf2を活性化すると炎症が抑制されることを解説しました。また前回の連載(第35回)で、うつ病に対する物理学的治療法であるrTMS(repetitive transcranial magnetic stimulation)は、脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF)の受容体であるTrkBの下流に存在するPI3K-Akt経路を活性化し、GSK3βの抑制を通じてNrf2を活性化することで抗うつ効果の作用機序の一部となっていることを解説しました。

 では、rTMSという物理学的治療により、抗うつ効果をもたらすことができるのであれば、他の物理学的治療、例えば衝撃波でも同様の効果をもたらすことはできるのでしょうか。

 衝撃波とは、音速を超える物体から生じる圧力の波で音波の一種です。過去には衝撃波は体外衝撃波結石破砕術(Extracorporeal Shock Wave Lithotripsy:ESWL)として胆石や尿路結石の破砕に用いられていましたが、近年は、ESWLの1/10以下のエネルギー量で行われる体外衝撃波治療(Extracorporeal Shock Wave Therapy:ESWT)が主流となっており、またESWTは抗炎症作用を持つことが報告されています1)。日本でも2012年に難治性足底腱膜炎に対するESWTが保険収載されています。

 ESWTは腱炎、偽関節、早期の無腐性大腿骨頭壊死など、主に腱や骨に対する治療法として整形外科領域で使用されています。ESWTの作用機序は、衝撃波により細胞に対して圧力、引張力、せん断力などの物理的影響が加わることでインテグリンやカドヘリンなどの細胞接着分子が影響を受け、その刺激を起点として細胞内でYAP/TAZなどの転写共役因子が活性化され、さまざまな遺伝子の発現が調整される一連の伝達経路、つまりメカノトランスダクションによると考えられています2,3)。細胞に対する物理刺激によってYAP/TAZが活性化されると、cyclic GMP-AMP synthase-stimulator of interferon gene(cGAS-STING)経路が抑制され、STINGが抑制されれば炎症性サイトカインを転写する因子であるNF-κBの核内への移行が阻害されるため、抗炎症作用が発揮されます3,4)。

 ESWTは抗炎症作用だけではなく、血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)やBDNFを増加させることが報告されています5,6)。そのため脊髄損傷などによる末梢の神経細胞に対する再生作用が期待されており7)、実際に脊髄損傷に対するESWTの治験が計画されています8)。ESWTはrTMSと同様にPI3K-Akt経路を活性化することが報告されているため9)、うつ病にも有効かもしれません。

衝撃波を頭蓋内に到達させる技術の開発で脳の局所刺激が可能に
 しかし、脳は頭蓋骨で覆われており、頭蓋外から衝撃波を当て、脳内に刺激が到達するのでしょうか。それについては経頭蓋集束超音波刺激(transcranial focused ultrasound stimulation:tFUS)という装置があり、頭蓋外から脳の深部にあるターゲットとなる脳組織へ集束した超音波を発射し、超音波の熱でそれを凝固させる、パーキンソン病や本態性振戦の治療法があります。衝撃波も超音波と同じく音波の一種なので、超音波が頭蓋骨を通過するならば衝撃波も通過できる可能性があります。

 この問題をスイスのStorz medical社が解決しました。Storz medical社はNeurolithという経頭蓋パルス刺激(transcranial pulse stimulation:TPS)を開発し、頭皮に装置を押し当て脳内へ向けて衝撃波を発射することで、頭皮から計測して8cmまでの深さで脳を刺激できることを示しました。この技術により脳の局所刺激が可能となりました。また、8cmあれば側頭葉内側にある海馬に到達させることもできます。さらには、超音波は多数の振動を伴う連続波で熱を発生させますが、衝撃波は単一の圧力パルスであるため、ほとんど熱を発生させません。2018年12月にStorz medical社は神経疾患の治療のための機器として、Neurolithの欧州連合(EU)のCEマークを取得しました。

 TPSは現在様々な脳疾患への臨床研究がなされていますが、その中で最も研究が進んでいるのはアルツハイマー病です。今回はTPSのアルツハイマー病に対するシステマティックレビューを紹介し、うつ病への展開について解説します10)。

投稿者: 大橋医院